同性を好きになる自分への「嫌悪感」との向き合い方。

こんにちは。オクユイカ(@Saba0m)です。

最近、学生さんから「自分のセクシュアリティに対しての嫌悪感がある」と相談をされました。

LGBTに対して差別心はないけれど、自分がそうだとなると

嫌悪感であったり受け入れられない感情がある・・・という内容だった。(本人の許可を得て書いています)

私自身、今でこそ

おく
セクシュアリティなんて一人一人違うんだから、別にどうでもいい。

私はわたし。

って思うことの方が大半なのだけれど

初めて同性に惹かれた中学校1年生の時はそんな風には思うことができなかったことを思い出した。

 

もちろん「好き」な気持ちだけに焦点を当てると

”隣で話せるだけで幸せだなぁ” ”メールするだけでうれしい!”

という純粋な恋心に浸っていたし誰かと恋愛話しをしたいくらいウキウキしていたのだけれど。

 

それでも、他の人と違うのでは?と強く感じた時は

自分自身に対して嫌悪感を抱くことってあったので

この学生さんの気持ちが少しわかるような気がした。

 

 

「嫌悪感」

 

 

相談を受けていると、この部分に悩む方って少なくない。

特に若い方・周囲の方との繋がりがあまりないかたの印象を受けます。

 

また、2018年に実施した大分県のセクシュアルマイノリティの方向けのアンケート調査でも

どんなことで困ったか?の問いに「自己嫌悪・否定」にチェックをした方が37%でした。

 

「他の人は受け入れられても自分に対しては嫌悪感」の理由は?

身近に性的少数者の枠に入る方がいても、差別や偏見を持つこともない。

けれど、「自分」となると・・・・という方は、その学生さんだけではないと思います。

でも、なぜ「自分」に対しては嫌悪感が湧くのか。

LGBT(性的少数者)を別物だと思っている。

ここから先に書くのは、あくまでも持論です。

”特別な方々を受け入れられる・偏見はない”という見方は、こんな感じなのではないでしょうか。

あくまでも「性的少数者」は別物。

 

自分自身が多数者側にいて、そこから少数者側を見ている・・・というような図。

 

多くの人は、”少数者”であることに不安を感じるものだし

その”少数者”側が、世間から良い印象を想われていないだとか、中には気持ち悪いとまで思う方もいるということを知っていると

そちら側に入るのは嫌だと思います。

これが

 

”別物”を受け入れることはできるけれど、自分がそちら側に入るのには嫌悪感”

 

という感情なのかな?と、学生さんの話を聞きながら考えていました。

 

同性を好きになる自分への「嫌悪感」との向き合い方。

セクシュアリティについて学ぶ

レズビアン

ゲイ

バイセクシュアル

トランスジェンダー

エックスジェンダー

Aセクシュアル

パンセクシュアル

 

などなど、性的少数者(セクシュアルマイノリティ)と呼ばれる枠には、カタカナ語ばかりの名前がたくさんありますが

 

身長や体重、顔や髪質、能力や体力、学び方などが一人一人違うように、セクシュアリティも一人一人違います。

 

 

 

・・・・では、セクシュアルマイノリティ(少数者)

は誰のこと??

 

私は、性別二元制の社会システムに順応できない人を「性的少数者」と呼ぶと考えています。

性別二元制
性別二元制(あるいは性別二元論、ジェンダー・バイナリ)とは、性を「男」と「女」のどちらかに分類する社会規範のことである。 引用:wikipedia

 

性的少数者と性的多数者の線引きは社会のシステムによってつくられたもの。

 

おく
人間という存在って、すごく曖昧だと思うのよね。本来は線引きもカテゴライズもできない。

 

性的少数者は特別な人たちでもないし、もちろん別物扱いされる存在でもありません。

 

そういう見方ができるようになると

”自分がそうかも”と思った時の嫌悪感が薄れるのではないかと思います。

 

色々なセクシュアリティの人に会うと意識が変わる。

頭では”ひとりひとりちがう”ということがわかっていても、心が追いつかないことってあると思う。

私はカテゴリーにあてはめると「レズビアン」の分類に入るのだけれど

レズビアンの方々と出会ったり友だちになったりするまでは自分を含めてレズビアンの方に嫌悪感があった。

ゲイの方々と出会ったり友だちになったりするまで、ゲイの方に嫌悪感があった。

トランスジェンダーの方に対しては、嫌悪感はなかったものの腫れ物に触るかのようなかかわり方になっていたと思います。

だけど色々なセクシュアリティの方々と出会うと

 

違いなんてどうでもよくなる!!笑

 

「LGBTの人たち」というレッテルの前に、一人の人間が見えてくると

少なくとも「別物」感覚はなくなる。

 

それが、自分に対する嫌悪感の軽減にもつながることがあります。

想いあえる人と出会う

私が自分自身に「嫌悪感」を抱いていた時

”こんな自分って気持ち悪いから誰にも受け入れてもらえないんじゃないか?”

と思っていました。

でも、そんな自分でも好きと言ってくれる人がいて、両想いになったことが「嫌悪感」の軽減に繋がったと思います。

というか・・・お付き合いしている人に

オク
女の子を好きになる自分に嫌悪感がある

なんて言ったとしたら

ミカン
それ、今のうちらの関係否定してるんと同じやで。好きになってなかったら今の幸せはないやん?

って言われるはず。

 

最後に

自分の中に芽生えた感情と向き合って、自分なりにかみ砕いて納得しながら進むことって大事だと思います。

 

セクシュアリティが一人一人違うように、考え方や感じ方も一人一人違う。

どうしたら嫌悪感がなくなるのかも、一人一人違うと私は思います。

 

だけど、セクシュアリティに関する悩みやモヤモヤした感情に時間を取られてしまい、”夢や目標”の足枷になるのは勿体ないので

一人の意見として書いておこうかなと思いました。

 

嫌悪感を持たず、「好き」という感情に浸ることができるようになれたらいいし

それができるように、社会の認識が少しずつかわりますように!

おしまい。(@Saba0m)

同性パートナーミカンちゃんとの恋愛日記

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このブログの運営者


おく ゆいか。 

介護福祉士→発達障害関係のNPO法人→特別支援学校教諭→退職して青年海外協力隊etc...

”みんな違ってみんないい” を実現する社会をつくるために、現在はフリーで福祉・教育分野で動いています。

田舎暮らしに憧れ大分県竹田市に移住。現在地域おこし協力隊!

LGBTサポートチームココカラ!として大分県内で交流会をひらいたり講師もしてます。




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